【レポート – 1 】イグナティウス・ヘルマワン・タンジル氏 プレゼンテーション
TYPE: TALK
CATEGORY: Smart Illumination Summit
2019年11月2日、横浜・象の鼻テラスにて、スマートイルミネーション横浜のネクストステップを模索する「スマートイルミネーション・サミット2019」を開催しました。
第一部の参加都市プレゼンテーション1人目は、インドネシア・ジャカルタ市でグラフィックデザイナーとして活動しながらアートスペース「DiaLoGue(ディアルグイ)」を運営するイグナティウス・ヘルマワン・タンジル氏。世界から注目を集めつつあるインドネシアのアートシーンの中でのジャカルタの状況、そして自身の活動を紹介いただきました。
Smart Illumination Summit 2019 invited guest speakers from creative cities around the world to search for the next steps in the Smart Illumination project.
The summit’s first presentation from a participating city was by Ignatius Hermawan Tanzil, a graphic designer and director of the art space Dia.Lo.Gue in Jakarta. As the Indonesian art scene becomes increasingly prominent, Tanzil introduced the circumstances in Jakarta as well as his own activities.
English is here
■テーマ
「 都市とアートの相互作用 ーSDGs時代の創造都市ー 」
■プログラム
【第1部|参加都市プレゼンテーション】
登壇者:
イグナティウス・ヘルマワン・タンジル(LeBoye design/Dia.Lo.Gue artspaceファウンダー、クリエイティブ・ディレクター / インドネシア ジャカルタ市)
今日は私がジャカルタのさまざまなコミュニティの多様な活動の場となっているアートスペースを作るために、デザインで何をしているのかをお話したいと思います。
インドネシアは1万3千以上の島と、2億6千万人の人口がいる世界でも4番目に人口の多い国だということはあまり知られていません。インドネシア諸島には300以上の民族がいて、何百もの言語があります。何百年にも渡って通商が行われており、アラブ系、インド系、中華系、欧州系、マレー系が交わる豊かで多様な文化遺産を持ち、文化のるつぼとも呼ばれています。
私たちは、ジャカルタのアートシーンはバンドンやジョグジャカルタほど盛り上がっていないと感じていました。ジャカルタは東京のように非常に忙しい人が多い大都市で、また公共空間はあまりありません。ジャカルタには173のショッピングモールがあり、400万平米の総面積を持っています。ほとんどの人たちが娯楽としてショッピングモールに行きます。ギャラリーはありますが、コレクターなど一部の人のための排他的な場所で、このような状況は良くなく、ジャカルタにはクリエイティブなスペースが必要だと考えました。
2010年、私たちは誰もが参加できる場所を作りました。アートやデザイン、文化に関するさまざまな展覧会やアクティビティが行われ、アーティストやデザイナーと、一般の人々の間にクリエイティブな対話が生まれることを目指しています。この考え方を場所の名称にも反映さしていて、英語ではダイアログといいますが、私たちの言葉ではディアルグイと発音します。ディアは彼/彼女、ルーはあなた、グイは私です。ロゴはさまざまな異なる歳や性格の人々を表しています。
ディアルグイは、楽しくて、ダイナミックで、気軽にいろんな人と話せる場所です。公共的なアートスペースとして、多様なジャンルのアートやデザインを扱い、社会の中でアートやデザインに対する意識を高めると同時に新たな創作を促したいと考えています。9年の間に、360以上の展覧会やイベントを催してきました。色々な地方のデザインを紹介しており、岐阜県と奈良県のデザインや、イームズなど国外のデザインも紹介してきました。プロダクト、建築、グラフィックデザインなどのデザイン展のほかにも、本の出版記念や音楽アルバムの発売記念イベント、映画賞など。オランウータンの保護を働きかけたチャリティーもありました。
『sMart dialogue(スマートダイアログ)』は、ディアルグイで年に2回開いているアートマーケットです。アート作品や雑貨、家具、ファッションアイテムまで、バラエティに富んだ商品を手頃な価格で用意することで、日常の中の身近なものとしてアートに触れてもらい、アーティストやデザイナーと市民の交流を促しています。スマートダイアログでは、パフォーマンスやデモンストレーション、ディスカッションも行います。過去には人体デッサンや人体彫刻、製本のイベントも行いました。若い現代美術家やデザイナーの作品を展示する展覧会も同時に行います。作品形態は彫刻やインスタレーション、映像などさまざまです。
『Dia.lo.gue playground(ディアルグイ・プレイグランド)』は、子どもと大人がアートを楽しめる3年に一度のプロジェクトです。アートスペースでは、子どものためのイベントもとても重要だと考えています。家族で一緒に物を作ってもらうなど、できるだけ子どもとインタラクティブなやりとりをさせることを目的としています。インドネシアの有名なメラとニンディチョというアーティスト夫婦は、木を持ってきてひもで結ぶんです。私自身最初はコンセプトがなかなか理解できなかったんですが、木とひもだけなのに、子どもたちはおもちゃで遊ぶかのように、道具を使って自由にどんどん作品を作り上げていきました。子どもと大人が一緒になってパパイアでゼリーを作るワークショップも行いました。
『Seek A Seek(シーク・ア・シーク)』はグラフィックデザインの祭典で、3年に一度やっています。70以上のインドネシアのグラフィックデザイナーが参加してくれました。インドネシア政府はあまりグラフィック活動に積極的、協力的ではありませんが、このデジタル革命の時代、グラフィックデザインはインドネシアでも現代社会のいたるところに溢れています。日常生活に染み込んだデザインは、消費された後は忘れられてしまいますが、時には立ち止まってその価値を知ってもらおうというのがこのイベントの趣旨です。フードやファッション、文具などあらゆるクリエイティブな商品を展示し、音楽ライブやワークショップ、トークなど、すべてインドネシアのグラフィックデザイナーたちが開催しました。オープニングには3千5百人もの人がかけつけてくれ、18日間では1万5千人近くの来場者がありました。これはすごいことだったんです。
イラストレーションの祭典『Reka Rupa Rasa』も、2年に1度の予定で開催しています。初回はインドネシアのほかに、韓国とタイ、日本からイラストレーターを招聘しました。
ここで、ニューヨークの著名なグラフィックデザイナー、ポーラ・シェアの言葉を紹介したいと思います。「自分を取り巻く世界のこと、文化のことに理解が及ばなければ、表現はできないし他者に伝えることもできない。」何かを作りたい、クリエイティブになりたいと思ったら、まずは自分の国の文化を理解し、尊敬することが重要だということですね。
『DiaLoGue Culture(ディアルグイ・カルチャー)』は、若い人たちに自分たちのアイデンティティや歴史をもっと知ってもらうためのプログラムで、多彩な展覧会を開催しました。特に、「Nama ku Pram(私の名前はプラムです)」は、インドネシアの有名な小説家のプラムディヤ・アナンタ・トゥールに関する特別な展覧会でした。彼は政治犯として長い間刑務所に入れられながら、ノーベル文学賞の候補にも何度も挙がった人です。この展覧会では、彼が書いた日記や手紙、エッセイなど、生涯のアーカイブをタイムラインに沿って展示しました。彼の家族にもサポートしてもらった非常に感情に訴える展示で、何度も何度も来たという人もいました。
『Exi(s)t (イクシスト)』はインドネシアの代表的な現代美術家、F. X. ハルソノと私が設立した年次プログラムで、毎年面接を経て120〜150人ほどの中から選ばれた最大10人の30歳以下のジャカルタ在住のアーティストが参加しています。講義やワークショップ、ブレインストーミングのセッションをアーティストやキュレーター、メンター達と行い、最後には展示を行うものですが、展示を最終目的とせず、制作のプロセスにフォーカスしています。
F. X. ハルソノは、アーティストが生き残っていけないジャカルタのアートシーンに懸念を持っていました。ジャカルタはインドネシアのアートシーンの中で主力となる都市ではなく、しかし大都市であるため経済的状況から、多くの若いアーティストは商業的な仕事とアート制作の間で苦労を強いられています。Exi(s)tは、若いアーティストに現在の道を抜け出し(exit)、インドネシアのアート界で生きていこう(exist)と激励するものです。私は地元の大学で教えていましたが、グラフィックデザインの生徒の中にもコンセプチュアルなアートを生み出す才能があるのではないかと感じる生徒をよく見かけました。
このプログラムはこれまで5期実施し、有望な44人のアーティストと5人のキュレーターを育成してきました。6期目では、インドネシア国立美術館でこれまでの参加者のなかから選ばれた14人のアーティストの作品を展示しました。彼らの大半は今も別の仕事をしながら制作を続けていますが、なかにはこのプログラムを機に本業としてのアーティストになった人もいます。参加アーティストの作品は彼らの状況に対する批評的な考えを反映したもので、販売したりコレクションに加えてもらいやすいものではありませんでした。中には、一度きりのパフォーマンスアートもありました。平日は仕事をしているので、作品で稼がなければというプレッシャーがなく、売るための制作ではなかったというのが彼らの特徴だと思います。
「Bintaro Design District(ビンタロデザイン地区)」は、私と3人の建築家の友人とで始めた自主プロジェクトです。私以外の3人は皆ビンタロ地域に家とオフィスを持っています。ビンタロは1979年に造られた住宅街で、1千ヘクタールの面積を持っています。この40年で、多数のデザイナーや建築家、アーティストがこの地区に住み、活動しています。この「移住」は、誰かが計画・組織したものではなく、自らが選んだものです。一部の人たちはここで育ちましたし、一部の人はこの地区が栄えるようになってから越してきました。
ビンタロデザイン地区フェスティバルは、ジャカルタのクリエイティブコミュニティを、市民、特にビンタロ地区内の住民とつなぐためのイベントです。自主的に始まったもので、各スタジオがそれぞれ展覧会やインスタレーション、オープンスタジオやオープンハウス、トークショーなどを開催します。デザイナーたちが、自分たちのやり方で、自分たちの住環境を良くしていこうという取り組みです。
建築家、インテリアデザイナー、家具デザイナー、グラフィックデザイナーを含む72組のデザイナーと、ビンタロ地区内と周辺の47の拠点が参加しました。特典がもらえるスタンプラリーを付けたパスポートを約500円で販売すると、2時間で売り切れました。関わったほとんどが学生中心のボランティアでした。みんなで一緒に仕事をした記念に、なにかに使えるというものではありませんが、賞状を渡しました。
インドネシアでは、「gotong royong(相互協力)」という言葉があります。「共通の目標を達成するために、共に努力し、行動する」という意味です。これは、ビンタロデザイン地区で、これまで、私たちが常にやってきたことだと思います。インドネシアでは官僚主義が深刻な問題なので、私たちにとっては、政府の支援を待つより相互協力でやったほうがずっと簡単なのです。このような文化のもとで成長してきたからこそ、私たちのデザイン文化は競争より協力というふうに仲間意識が重視されています。私は、このような状況でデザイナーになることができて、とても幸運に思っています。
文: 齊藤真菜
写真:川島彩水
【プロフィール】
イグナティウス・ヘルマワン・タンジル
LeBoye design/Dia.Lo.Gue artspaceファウンダー、クリエイティブ・ディレクター
1983年にカリフォルニア・カレッジ・オブ・アーツ・アンド・クラフツを卒業後、グラフィックデザイナーとして30年以上のキャリアを積み、国内外のグラフィックデザイン賞を数多く受賞。2010年には、DiaLoGue Artspaceを設立。展覧会をキュレーションし、若いアーティスト、デザイナー、キュレーターがアートとデザインでキャリアを発展させるプラットフォームの役割を担う。2016年にロンドンデザインビエンナーレのインドネシアパビリオンを共同キュレーションするなど、その活動は多岐に渡る。